美容院に行くように、健康診断を受けられる世の中に。
川添 高志(かわぞえ たかし)さん
ケアプロ株式会社 代表取締役社長
「3300万人の「健診弱者」を救う。」
- —川添さんが代表をつとめるケアプロの取り組みを教えてください。
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セルフ健康チェックや訪問看護などを通して、健康的な社会づくりを目指しています。
看護医療学部1年の時に、大学病院でアルバイトをしました。
糖尿病患者さんの病棟だったのですが、入院した次の日に、合併症で足を切断しなければならない方がいました。その方は会社で健康診断の機会がなく、長い間、健康診断を受けていませんでした。
ご自身も痩せていて、よもや糖尿病だとは思っていなかったそうです。
ですが、日頃の食生活を聞けば、生活習慣に問題を抱えていました。
なぜもっと早く見つけられなかったのか。
適切な治療をしていれば、足を切らずにすんだのに…。そう思ったんです。今、日本には過去1年以上健康診断を受けていない「健診弱者」が、約3300万人います。
もし、こういった「健診弱者」が、健診を受けることができれば、足を切断した患者さんのような病気を未然に防ぐことができるわけです。
- —「健診弱者」を救うのが、セルフ健康チェック事業のワンコイン健診なのですね。
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健診を受けない主な理由は、「機会がない」「時間がかかる」「お金がかかる」です。
ワンコイン健診は、その名の通り1項目500円から、健康診断を受けることができるサービスです。
糖尿病の判断基準になる血糖値はもちろん、中性脂肪や総コレステロールなど一般的な健康診断で検査する項目を受けることができます。
健診場所も、常設店舗に加えて、人が集まるエキナカやドラッグストア、ショッピングセンターなどで行っていて、検査結果もその場ですぐにお伝えいたします。
「気軽に」「早く」「安く」健康診断を受けられるのです。
そして、もう1つ、この健診には税金がかかりません。現在まで、すでに23万人以上の方が、このワンコイン健診を受けています。
- —危機的な日本の医療費の問題にも貢献しているのですね。
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糖尿病で足を切断した方は、糖尿病が進行したことで、血液透析を週3回受けるようになりました。
さらに仕事もできなくなり、生活保護を受けざるを得なくなりました。
その方にかかる年間の医療費は600万円です。
その費用は、もちろん税金でまかなわれています。今、国が払う医療費は40兆円にのぼり、毎年1兆円ずつ増え続けています。
高齢化が加速する中、日本の財政は限界にきています。税金を一切使わないワンコイン健診なら、病気の早期発見を促し、日本の医療費の抑制にもつながるのです。
ワンコイン健診で、数値の異常がわかり、すぐに通院したことで大事に至らなかった方がいました。
後日、その方から「ワンコイン健診で命が助かったよ。もう足を向けて寝られないなぁ(笑)」とお礼の言葉をいただきました。そんな声を聞くと、社会的なニーズの高さを実感します。
1人でも多くの方が、美容院に行くような感覚で、定期的に健康チェックを受けていただける社会を目指しています。
「医療現場の現実を目の当たりにした瞬間、将来を決意した。」
- —起業しようと思われたきっかけを教えてください。
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高校1年生の春に、突然、父がリストラにあいました。
いい大学を出て、大企業に勤めていたのに、こんなことになってしまうのか、とショックでした。どんな社会になっても、自分から価値をつくり出せる人になりたい。
それならば、起業だと思ったんです。 - —高校1年生で起業を志されたとは、とても早いですね。医療の世界を意識されたきっかけは?
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子どもの頃、病弱だったこともあり、当たり前の健康の大切さを実感していました。
また、中学、高校の時に祖父を亡くしたことも影響していたと思います。一番大きなきかっけは、高校3年生の時に経験した老人ホームでのボランティアです。衝撃でした。
老人ホームに入るなり、汚物の臭いが鼻をついてきました。
入居者さんたちは、用を足したまま、オムツを変えていなかったのです。
お風呂では、足が濡れたまま、靴下を履かされていました。でも、現場の職員の方々は、必死に働いているんです。
つまり、圧倒的に人数が足りていないんです。
これは、人の問題ではなく、経営の問題だというのは、高校生の私にもすぐにわかりました。当時から高齢化は進んでいましたから、経営に問題を抱える医療の世界の現実を目の当たりにした瞬間、医療に関わる会社を起業しようと決意しました。
- —すでに高校生の段階で、具体的な将来像を描いていたのですね。独自のサービスであるワンコイン健診の構想はあったのですか?
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看護医療学部1年生の時の大学病院のアルバイト経験から、もっと簡単に、もっと気軽に健康診断を受けられれば、防げる病気がたくさんあると実感していました。
ただ、どうすれば実現できるのか、具体的なアイデアはなかなか浮かびませんでした。
ひらめいたのは、大学3年生の時のアメリカ研修です。たまたま入った大型スーパーマーケットの中で、インフルエンザのワクチン接種や簡易的な健康診断を行っている場所があったのです。
アメリカは医療費が非常に高く、病院に行くことを避ける人も多いため、最低限の診断と治療を、短時間で、通常の病院よりも安価に行うサービスが生まれていました。アメリカで目にしたサービスに着想を得て、日本の健診事情を調査した末に思いついたのが、500円で、手軽に、すぐに健診ができる、「ワンコイン健診」でした。
そして、大学時代から起業に向けて貯めていた資本金を元手に、25歳の時、ケアプロを起業しました。
「大企業に入れば、人生は安泰だと思っていた。」
- —高校時代にすでに起業を志していました。その以前はどんな将来を描いていたのですか?
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将来に対する明確な目標もなく、今の自分の人生が楽しければ、それでいいと思っていましたね。
部活はサッカー部で、ポジションはボランチ。
地域の選抜にも選ばれたりと、一生懸命頑張っていました。ただ、中学で祖父が亡くなった時に、はじめて冷たい人の体に触れて、「人は、いつか死ぬんだ」と思ったんです。
将来というものを意識した瞬間かもしれません。当時は、父親が大企業に勤めていたので、私自身も父親のように大企業に行きたい、行けば、人生は安泰だと思っていました。
- —お父様のリストラで、その価値観がひっくり返ったのでしょうか。
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その瞬間から、父親のようにはなりたくないと思いました(笑)
そして、起業を志すのですが、友人たちは、当然、いい大学に行くことを目標にしていたので、なぜ、将来のことをもっと考えないのだろうかと、どこか冷めていましたね。 - —大学では看護医療学部に進まれていますが、進路はどう決めたのでしょうか?
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高校入学時は、東大を目指していました。
これを学びたい、というものを明確に持っていなかったので、東大なら最初の2年までは教養課程で、その後に専門を選べる。
悩める時間があるなと思っていたんです。ただ、起業への想いや医療への関心が高まるにつれて、教養を2年間も学んでいる時間すら惜しいと思いはじめました。
もっと早く医療の専門的な勉強をしたい、経営についても学びたいと思ったんです。
ちょうどその頃、慶應義塾大学の看護医療学部が、湘南藤沢キャンパスにできることになり、看護師として現場で活躍する人材だけでなく、医療機関の経営の分野でも活躍できる人材の育成を目指していました。
21世紀のヘルスケアを牽引するリーダーを育てる、というメッセージには、運命的なものを感じました。
1期生として入学したのですが、志を同じくする仲間に出会えたことも貴重な財産になっています。
「いいと思うことを素直に。自分の人生、後悔してはダメ。」
- —医療の世界は法規制なども多く新たに事業をはじめるのは大変です。諦めようと思ったことはありませんでしたか?
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壁にぶちあたっても、どうにかしてやろう、この事業は、絶対に世の中に必要なんだと信じて、とにかく前向きに考えました。
むしろ、そういう想いを持って生きていけることは幸せだと感じています。
起業せずに、なんとなくの人生を歩んでいたら、これほどの充実を得られなかったと思いますね。
- —その充実を得るためには、どうすればいいでしょうか?
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自分がいいと思うことを増やすこと。
自分がイヤだと思うことを減らすこと。自分の価値観が一番大切だと思いますね。
もし、いいと思うものがわからなければ、周りに自分がどういう人間か聞けばいい。自分が好きなことと、自分が得意なことの最大公約数を求めていけば、きっと、やるべきことが見つかると思います。
たとえば、サッカーが好きだけど、得意じゃないとしますよね。
好きなことは続けられますが、得意じゃないとお金は稼げませんから、結局、続けられません。
でも、数字が得意であれば、サッカーチームの会計をやれるかもしれません。
教えるのが得意ならコーチをやればいいかもしれない。自分の人生なんですから、後悔してはダメです。
いいと思うことを素直にやってほしい。その上で、自分が生きているなかで、問題意識を持ち、どうすれば解決できるかを考えてほしい。
そして、行動してほしいですね。行動する力と勇気。
大げさかもしれませんが、人類の発展のためにも、大切だと思います。
川添 高志(かわぞえ たかし)さん
ケアプロ株式会社 代表取締役社長
・1982年神奈川生まれ。31歳(2014年3月現在)。
・慶應義塾大学看護医療学部卒。高校時代から起業を志す。
・経営コンサルティング会社、大学病院を経て、2007年、ケアプロ株式会社を設立。
・1項目500円から、その場で健康診断を受けられる「ワンコイン健診」を展開。
・24時間365日対応の訪問看護サービスも提供。看護師・保健師。