「人間とは」という普遍的なテーマに挑戦
身近なところから「人間」を解き明かす学問
文化人類学は、世界のさまざまな民族や地域の文化・社会などのしくみを研究し、例えば、「日本とは何か」、「日本人とは何か」といった問いを探究していく学問です。問いはそれぞれの研究テーマによって、「ニュージーランド人とは」かもしれませんし、「香港文化とは」かもしれませんが、その究極目標は「人間とは」というところにあります。
こう聞くと、壮大で、哲学的で、堅苦しい印象をもつかもしれません。しかし、人間の営みとは、朝起きて顔を洗ってご飯を食べてといった小さな積み重ねでできています。社会も突き詰めて言えば、人間同士が仲良くしたり、けんかしたりの積み重ねでしかありません。ですから、文化人類学の研究もこうした身近な行動に注目し、観察するところからスタートします。身近なところから始まって、哲学的なところまで到達することもできるという、とても幅広い、包容力のある学問なのです。
文化人類学の三つの特徴
文化人類学には三つの特徴があります。一つめは「他の文化を知ることで自分の置かれている社会の文化を相対化できる」ということです。
どの民族でも共通して言えることですが、自分が暮らしている社会の文化についてはあまり知らないものです。
例えば、言葉ひとつ取っても実にあいまいに使っています。標準語かと思っていた言葉が実は方言で、県外の人に通じなかったという話を聞きます。あるいは友達の家に遊びに行ったとき、自分の家とはまったく違うルールがあり、自分の家が特別だったと気づいたという経験談もよく聞くところです。外の世界と触れ合うことで自分たちの文化の特徴を認識できたりするものなのです。
文化を比較することで、それぞれの違いを認識することにもなります。そこから多様性や寛容の精神に結びついていくこともありますし、自文化の抱える問題を解決するヒントを見いだす場合もあります。
自文化の中にいた時は「これしかない」と思い込んでいたことが、世界を見れば実は選択肢がたくさんあるということに気づかされ、頭が柔らかくなるというのもこの学問の真骨頂です。
二つめはフィールドワークを重視した学問だということです。文化は人間の営みすべてとも言えますから、それを理解し、その背後にある価値観やルールを解明するには、さまざまな角度からアプローチしてみる必要があります。そのため、研究対象となる社会の人々と生活を共にしてつぶさに観察をするのです。
例えば、アフリカのある民族を研究するのなら、現地に行ってその民族と寝起きを共にし、同じものを食べ、仕事を手伝って、一緒に生活しながら文化を理解していきます。これが文化人類学の研究に欠かせないフィールドワークです。
三つめは人間についての研究であるということです。個別の文化を研究していくと「贈与とは」「所有するとは」といった人間に普遍的なテーマも見えてきます。こうした本質的な問いに答えていくのが文化人類学の大きな目標です。哲学ではこうした問いに理論的に答えていきますが、文化人類学は調査を通した経験や記録をもとに探究するのが特徴です。
文化人類学を学ぶ意義
人文系の学問はとかく「何の意味があるの?」といわれがちです。ところが文化人類学は、人々がよりよく生きるための暮らしぶりや考え方を研究する学問ですから、あらゆる社会の中で幅広く役に立つ知識が身につく実用的な学問とも言えるのです。
文化人類学を通じて身につくものの一つにはグローバル対応力が挙がります。グローバルというと語学ばかりが注目されますが、本当に大切なのは異文化理解です。いくら英語が話せても、インドに行って「手でご飯を食べるなんて、汚いなぁ」と思っていたら、国際社会ではやっていけません。異文化を理解するということは、言葉や作法・マナーを覚えることだけではなく、その背景にある価値観を考えることです。これは文化人類学が目指しているものの一つです。また、たくさん異文化に触れることで、カルチャーショックや変化に対する耐性をつけるという意味でも役に立ちます。
二つめには、自分のものの見方、考え方、価値観を育みます。これらは、生きていれば自然と湧いてくるものではなく、たくさんの選択肢の中から自分で選んだり組み合わせたりして作り上げていくものです。しかし、一つの社会から出ることがないと、極端に選択肢が少なくなることが懸念されます。比較するものがなければ、より良いものを選び取ることができなくなってしまうかもしれません。外の世界に触れ、さまざまなものの見方、考え方、価値観があることを知り、視野が広がると「こうしなければならない」というしがらみが消えて、生きるのが楽になるともいいます。
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