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日本文学のここが面白い

平安時代以降の和歌は、歌の形式やルールが整えられ、詠むべきテーマや詠むべきものが固定していきます。しかし『万葉集』には、まだ日本文学が未完成な時代ならではの試行錯誤と冒険と混乱と躍動が詰まっており、そこに独特の魅力があります。(國學院大學 文学部 日本文学科 土佐秀里教授)

※このコンテンツは2018年の取材に基づき構成しています

日本文学が未完成な時代ならではの魅力

遊び心があふれる『万葉集』の表現方法

『古今和歌集』以後の和歌は、五七五七七の短歌形式のみに絞られていき、テーマも季節の歌が中心になっていきます。しかし『万葉集』には短歌以外の形式も多く、歌のテーマもさまざまです。歌の書き方もいろいろあって、例えば、
春揚 葛山 發雲 立座 妹念
(はるやなぎ かつらぎやまに たつくもの たちてもゐても いもをしぞおもふ)
という歌の場合は、たった10文字で31音を表現しています。意味は漢字から推測できますが、それをどう発音するかはいくつか可能性が考えられます。「いもをしぞおもふ」ではなく「いもをおもはむ」とか「いもおもひけり」とも読めるかもしれません。あるいはまた、
垂乳根之 母我養蚕乃 眉隠 馬聲蜂音石花蜘蛛荒鹿 異母二不相而
(たらちねの ははがかふこの まゆごもり いぶせくもあるか いもにあはずして)
という歌では、「いぶせくもあるか」を「馬の声=イイーン」、「蜂の音=ブーン」、「石花=“せ”という生物(カメノテ)」、「蜘蛛=虫のクモ」、といった言葉遊びで表記しています。「いぶせし」は、気分がふさぎ込んで憂鬱な気分を表す言葉で、「鬱悒し」と書き表すこともできますが、あえて遊び心を織り混ぜて書いたわけです。ここまでくると暗号解読のようなもので、一朝一夕には読みくだせません。

思いついたことは試してみる「日本文学の青春時代」

『万葉集』は、歌の形式もバラバラです。長歌もあれば旋頭歌(五七七五七七)もあります。長い長歌もあれば、短い長歌もあります。長歌を二首組み合せたものもあれば、長歌と複数の短歌をつなげてひとつのストーリーに仕上げたものもあります。
万葉集で一番長い歌は、柿本人麻呂作の「高市皇子(たけちのみこ)挽歌」です。太政大臣(今でいう総理大臣)まで務めた高市皇子が亡くなったので、その功績を称えて弔おうとする歌なのですが、ところが人麻呂は、なぜか20年以上昔に起こった「壬申の乱」について語り出します。若き日の高市皇子は、この戦いにおいて将軍となって活躍したからです。人麻呂は、昔の合戦を生き生きと臨場感豊かに語ってゆきます。それはまるで『平家物語』とか、講談でも聞いているような調子のよさです。それでこの歌は長くなってしまったのですが、このように『万葉集』の歌には、和歌というよりも、ほとんど軍記物語のようなものまであるのです。
ほかにも『万葉集』には、山上憶良の「貧窮問答歌」のように生活の格差と不平等を告発する政治的な意見を歌にしたものもあれば、ショートストーリーと歌を組み合せた歌物語もあります。滑稽な歌もあれば、諷刺の歌もあり、ファンタジックな歌もあります。日記のような歌もあれば、つぶやきのような歌もあります。とにかく「歌」という器の中に何でもかんでも詰め込んでみようと試していたのが『万葉集』の考え方なのです。
高校までの国語ではよく、和歌・短歌といえば「叙景」とか「写実」だと説明し、『万葉集』は「素朴」だと説明する授業が行われますが、『万葉集』に収められた歌は、決して「見たまま」をリアリズムで詠んだものではありません。意外に思われるかもしれませんが、ストーリー性に富み、豊かな想像力を駆使して作られています。
歌というメディアの中で、ありとあらゆるテーマと表現技法を試していた野放図な時代。それが「日本文学の青春時代」である上代文学ならではの魅力だと思います。

奈良時代の文献。虫食い状態の手前の書物は歴史を感じさせる

文学研究は「正解」のない自由な世界

私は元々、国語の教師を目指していて、目標どおり一度は高校の教師になりました。大学時代はわりあいよく勉強ができたほうでしたし、先生にもよく褒められたものですから、それなりに自信をもって教壇に立ったのですが、いざ授業をしてみると、実は自分が知らないことやわからないことがたくさんあることに気づき、驚きました。まだまだ勉強が足りないなと思ったのです。
また、「文学は100人いたら100通りの読み方がある」というのが私の信条なので、指導書に従って画一的な読み方を指導する授業のスタイルが肌に合わないなと感じ始めてもいました。そこで思い切って高校教師をやめ、もう一度勉強し直すために大学院に戻りました。そこでたまたま『万葉集』のおもしろさにはまってしまい、そのまま現在に至るまで研究をやめられなくなってしまったのです。
今の世の中は、とにかく早く、唯一の「正解」を求めたがる傾向があります。しかし、文学研究というものは、これと正反対のものなのです。唯一の「正解」はありません。また、そんなに早く結論にたどり着くことなどできません。高校ではよく「古典の訳を配ってほしい」などと言う生徒がいます。しかし「正しい」訳文などというものはありません。古典の現代語訳というのは、それぞれの作品解釈をわかりやすく表す「手段」であって、「目的」ではありません。100人いたら100通りの訳があるはずなのです。
文学研究とは、どこまでも孤独で自由な作業です。文学を「読む」とき、人は独りになります。いま世間では、むやみと協調性だのリーダーシップだのがもてはやされますが、文学を読むのにそんなものは必要はありません。人づきあいが苦手でも、本を読むのが好きで、自由に想像することが好きな人は、文学研究に向いているといえるでしょう。文学部は、そういう方をお待ちしています。
文学の世界にようこそ。

取材協力:國學院大學 文学部 日本文学科 土佐秀里教授

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