大学病院の理学療法士として、ケガや病気で入院している患者さんに対する運動機能改善のためのリハビリテーションを実施しています。担当しているのは「急性期」の患者さんなので、重い症状の方も少なくありません。特に心に残っているのが1年目で担当した末期がんの方。抗がん剤投与や放射線治療の影響で足が痺れて歩き辛い状態になっていました。肺にはたくさんの転移もあったので「現在の呼吸機能ならこの距離は歩ける」「これくらいの歩行で酸素の投与が必要」というお話をしながら、帰宅を目指すためのサポートを実施。後で「退院したら桜が見たい」という望みを叶えられたとお聞きした時は「関われて本当によかった」と心から思いました。
子どもの頃から、人の役に立つ仕事に憧れていました。介護士や看護師を目指した時期もありましたが、14歳の時に感染などから四肢が麻痺していく「ギランバレー症候群」を発症。そこで理学療法士という仕事を知りました。高校3年の進路選びで、小学生から続けてきた「アクロ体操」というスポーツに関わりたいと思い立った時、国際大会に帯同するためには理学療法士の資格が必要だと知って、取得を目指すことに決めたんです。入学当初はスポーツ選手をサポートする理学療法士になりたいと考えていましたが、知識や技術を身につけていくうちに、より幅広い患者さんに関わりたいという思いが強くなり、病院の理学療法士の道を選びました。
東京女子医科大学病院では、主に急性期の患者さんを受け入れています。ある程度運動機能が回復したら、回復期の病院に転院して復帰を目指すという流れです。1日に担当する患者さんは12~15人。一人当たり20~40分の運動療法や物理療法を行います。入職後の4年間で整形外科、脳神経系、心血管系、がん関連の分野を担当し、さまざまな経験を積むことができました。1年目は、亡くなった患者さんのことを思って泣くこともありましたが、今は「悲しむ前に理学療法士としてできる最善の行動を考えよう」という姿勢で日々の仕事に取り組んでいます。
東京女子医科大学病院・リハビリテーション部勤務/リハビリテーション学科(昼間部・3年制)/2019年卒/「勉強嫌いの高校生の励みにしてほしいんですが、学生時代は理科も数学も不得意でした」と笑顔で話す塩谷さん。「東京衛生学園の先生方にはずいぶん支えていただきましたし、幅広い年齢層の同級生がいて同年代以外の考え方に触れる機会が多く持てたことで視野を広げることもできました。大変な時期を一緒に乗り越えたクラスメイトとは今でも交流があります」と振り返る。高校卒業後1年間、進路について悩み考える時間を設けた塩谷さん。「まず自分の好きなことを見つけて第一に考え、しっかり向き合うようにしてほしい」とアドバイスをくれた。