展示会のときなど、お客様と直接コミュニケーションをとれるのが嬉しいです。
私がパタンナーを務める「matohu」は、"日本の美意識が通底する新しい服の創造"をコンセプトに、歴史や文化、風土から生まれるデザインを、日本人らしいオリジナルなスタイルで発信し続けているブランドです。担当したパターンが服となって戻ってくるたびに嬉しくて、そこにやりがいを感じています。勤務先は店を併設しているので、展示会のときなどは私も店に出ることも。お客様との服を通してのコミュニケーションは楽しいですし、頑張れる原動力にもなります。matohuの服は受注生産なので、パタンナー1人につきたくさんの型を持っているのは、とてもすごいこと。私も早く20型以上持てるようなパタンナーになりたいですね。
高校は普通科でしたが、勉強よりも"ものづくり"が好きなタイプで、家庭科の授業でミシンを使って何かを作るのが好きでした。苦手意識を持つことなくミシンを使えたのは、母からの影響ですね。母は私が幼い頃から服やカバンなど色々なものを手作りしてくれたのですが、とくに卒園式のために作ってくれた服は、今でも印象に残っています。この分野を選んだ理由としては、母がパタンナーだったのが一番大きいです。幼い頃から近くでものづくりを見ていたのと、自分のために服を作ってくれたりしたのがとても嬉しくて。高校で進路を決める時にそのことを思い起こし、「私も服作りの道に挑戦したい!」と思い、青カレへ入学しました。
昔からミシンを使ったものづくりが好きなことと、母の影響から、パタンナーを目指しました。
青カレは少人数制なので、静かに学びたい私には合っていました。初めて授業でCAD操作を学んだときは、「こんな機械があるんだ!」と衝撃を受けましたね。難しくて嫌だと思ったこともありますが、仕事で絶対に必要な技術なので、青カレで教えていただけたことに感謝しかないです。今は仕事で毎日CADを使っており、コマンドの知識も役に立っています。学生時代で一番印象的なのは「卒業制作」です。最終学年でのテーマは「映画」で、私はドレスを5体制作しました。和風のものが好きだったので、着物を羽織らせたり、昔の着物の布を使ったり。卒業・修了制作展のファッションショーは、みんなで頑張ったと称えあえる良い経験になりました。
少人数制の青カレは私にとって学びやすい環境。疑問があればすぐに質問できるのが良かったです。
株式会社リューズテン matohu 勤務/ファッションクリエーター科 卒/2024年卒/普通科高校を卒業後、青山ファッションカレッジへ入学。現在の仕事を目指したのは、同じくパタンナーだった母親からの影響が大きいと語る鈴木さん。「自分が将来やりたいことが何なのかがわからなければ、楽しめることを探してみてください。私の場合がそうでしたが、過去に興味を持ったこと、好きだったことを思い出してみて」。現在はファッションブランド「matohu」のパタンナーとして活躍している。「もっとたくさんのパターンを手掛けられるようになるのが目標です」と明るく抱負を話してくれた。
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